賃貸中のマンションを売る──オーナーチェンジで売るか、空室にして実需に売るか

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自分が住んでいたマンションを売ったときは、当然ながら空室でした。鍵を預けて、内覧は不動産会社に任せ、自分は週末に報告を聞くだけです。

そのあと、転勤で自宅を貸していた知人から「そろそろ売りたいが、入居者がいる」と相談を受けました。そこで初めて、同じマンションでも人が住んでいるかどうかで売値の決まり方が別物になることを知りました。

空室なら「近所でいくらで売れたか」で値段がつきます。入居者がいると「この家賃が年にいくら入るか」で値段がつきます。前者は取引事例、後者は利回りです。そして多くの場合、後者のほうが安くなります。

結論から言うと、この判断は好みの問題ではなく引き算です。実需価格とオーナーチェンジ価格の差額が、空室にするためのコスト合計を上回るかどうか。それだけです。

この記事では、その引き算をどう組むかを、順番どおりに整理します。

この記事の要点

賃貸中のマンションを売る方法は2つあります。入居者がいるまま投資家に売る「オーナーチェンジ」と、退去してもらって空室にし、自分で住みたい人(実需)に売る方法です。オーナーチェンジの価格は家賃収入を期待利回りで割った収益価格が基準になり、実需価格より1〜2割安くなることが多い一方、入居者と交渉する必要がなく、家賃が入り続けるので保有コストはゼロです。空室化は高く売れますが、普通借家契約では貸主の都合で一方的に出てもらうことができません(借地借家法28条の正当事由)。退去を求めるなら立退料、空室期間の家賃喪失、原状回復とリフォーム費用がかかり、半年から1年の時間も必要です。判断は「実需価格 − オーナーチェンジ価格 > 空室化コスト合計」が成り立つかで決まります。そしてもう一つ見落とされやすいのが税金で、かつて自分が住んでいた家なら、住まなくなった日から3年を経過する日の属する年の12月31日までに売れば居住用財産の3,000万円特別控除が使える可能性があります。貸したまま年を越し続けると、この権利が静かに消えます。

マンション売却にかかる税金の基本

マンション売却で利益(譲渡所得)が出た場合、所有期間によって税率が変わります。所有期間5年以下(短期譲渡)は39.63%(所得税30.63%+住民税9%)、5年超(長期譲渡)は20.315%(所得税15.315%+住民税5%)です。この5年は譲渡した年の1月1日時点で判定するため、実際には5年半ほど持たないと長期になりません。自宅であれば「居住用財産の3,000万円特別控除」により譲渡所得から最大3,000万円を差し引けます。

価格の決まり方が違う、という前提

同じ部屋でも、買主が違えば評価の物差しが変わります。

オーナーチェンジ(投資家が買う)空室(実需が買う)
価格の基準年間家賃 ÷ 期待利回り(収益還元)近隣・同マンションの成約事例
買主が見るもの利回り、入居状況、賃料の持続性間取り、日当たり、内装、管理状態
内覧原則できない(室内を見ずに買う)できる
住宅ローン使えない(投資用ローン・金利は高め)使える
売主の負担ほぼなし(家賃は入り続ける)立退き交渉・空室損・リフォーム

重要なのは下から2行目です。実需の買主は住宅ローンを使えるため、支払える上限が上がります。投資家は投資用ローンの金利で回る価格しか出せません。買える金額の天井が、そもそも違うわけです。

内覧できないという点も効きます。室内を見ずに買う物件には、買主がリスク分のディスカウントを乗せます。リノベーション済みでも、賃貸中である限りその価値はほぼ値段に反映されません。

引き算を実際に組んでみる

知人のケースを、数字を丸めて再構成します。都内の3LDK・築20年・賃料は月13.5万円(管理費別)という条件です。

オーナーチェンジで売る場合

年間家賃 = 13.5万円 × 12 = 162万円
投資家の期待表面利回りを 5.0% とすると
収益価格 = 162万円 ÷ 5.0% = 3,240万円

空室にして実需に売る場合

同マンション・同タイプの成約事例から、空室なら3,800万円前後。差は560万円です。

空室にするためのコスト

項目金額備考
立退料108万円賃料8ヶ月分で想定(実務では6〜12ヶ月分が交渉の相場感として語られる)
空室期間の家賃喪失40.5万円退去後3ヶ月で売却完了と想定
空室期間の管理費・修繕積立金・固定資産税12万円家賃が止まるので自腹になる
原状回復・リフォーム120万円水回りと壁紙・床の更新
合計約280万円
560万円(価格差) − 280万円(空室化コスト) = 約280万円のプラス

この条件なら空室化が有利です。ただし半年から1年の時間と、交渉が不成立になるリスクを280万円で買う判断になります。

逆転するケースがある

同じ式で、期待利回りだけを変えてみます。都心の人気エリアでは投資家の期待利回りが下がります。

162万円 ÷ 4.0% = 4,050万円

実需価格3,800万円を上回りました。この場合、入居者がいるまま売るほうが高いことになります。何もしなくていい上に高い、という珍しく気持ちのいい状況です。

逆転が起きる条件は2つです。

  1. 立地が良く、投資家の期待利回りが低い(=収益価格が高く出る)
  2. 賃料が現在の相場より高い(古い契約を更新で引き継いでいる、法人借上げなど)

とくに2は見逃されがちです。10年前に決めた賃料をそのまま更新してきた部屋は、収益価格が実勢より高く算出されます。これは売り時のサインです。反対に、空室を埋めるために賃料を下げた直後は、収益価格が沈んでいます。この局面で焦ってオーナーチェンジで売るのは、いちばん損な売り方です。

空室相場と実需相場の両方を押さえておきたい場合は、価格診断ツールで空室時の目安を出し、そこから上の式で収益価格と並べて比べると、判断材料が揃います。

「出てもらう」は思っているより難しい

ここが最大の落とし穴です。貸主側の都合だけで契約を終わらせることはできません。

普通借家契約の場合

借地借家法26条により、期間満了で終わらせるには期間満了の1年前から6ヶ月前までの間に更新拒絶の通知が必要です。さらに28条で、その更新拒絶には正当事由が求められます。

「売りたいから」は、それ単体では正当事由として弱いと理解されています。実務では立退料の提供を含めて正当事由を補完する形が取られます。つまり、お金で解決する前提の制度設計になっているわけです。

立退料の金額には法定の基準がありません。賃料の6〜12ヶ月分あたりが交渉の出発点として語られますが、入居年数、代替物件の探しやすさ、家族構成、入居者の事情で大きく動きます。高齢の入居者や、子どもが近隣の学校に通っているケースでは、金額だけでは動かないこともあります。

通知のタイミングを逃すと、そこから最短でも1年半以上ずれる点にも注意してください。更新日の13ヶ月前に気づけば今期で動けますが、5ヶ月前だと次の更新を待つことになります。売却を考えはじめた時点で、契約書を出して更新日を確認するのが先です。

定期借家契約の場合

定期借家(借地借家法38条)なら、期間満了で契約は終了し、更新はありません。正当事由も立退料も原則不要です。期間が1年以上の場合、終了の1年前から6ヶ月前までに終了通知を出す必要があります。

転勤で自宅を貸すときに定期借家を選んでおくと、まさにこの出口で効きます。これから貸す予定がある人は、契約形態を先に決めておいてください。後から普通借家を定期借家に切り替えることは、入居者の同意がない限りできません。

入居者に買ってもらう選択肢

意外に見落とされますが、入居者自身に売るという手があります。長く住んでいる人なら愛着があり、引っ越し費用もかからず、立退料も空室期間も不要です。仲介手数料を抑えられる場合もあります。

価格は実需相場と収益価格の間で着地することが多く、双方にとって悪くない結果になりやすいです。退去を打診する前に、一度聞いてみる価値はあります。

税金:賃貸に出している期間で手取りが変わる

ここを計算に入れないと、せっかく高く売っても手取りが逆転します。

居住用財産の3,000万円特別控除と「3年の壁」

かつて自分が住んでいたマンションなら、住まなくなった日から3年を経過する日の属する年の12月31日までに売ることで、居住用財産の3,000万円特別控除を適用できる可能性があります。この期間内であれば、その間に人に貸していても適用の対象になり得ます。

逆に言えば、貸し続けて期限を過ぎると3,000万円の控除は使えません。譲渡益が出る物件では、税額で数百万円単位の差になります。

転勤で貸している人は、期限の年末を先にカレンダーに書いてください。そこから逆算すると、立退き通知を出す時期も、オーナーチェンジで妥協する判断も、自然に決まります。「そろそろ売ろうか」と考えはじめる時期は、たいていこの期限より後です。

なお、適用には他の要件もあり、他の特例との併用制限もあります。適用の可否は国税庁の資料か税理士への確認で裏を取ってください。

減価償却で取得費が目減りしている

賃貸に出していた期間は、建物部分について減価償却費を経費計上しています。その累計額は取得費から差し引かれます。

譲渡所得 = 売却価格 −(取得費 − 減価償却累計額)− 譲渡費用 − 特別控除

つまり長く貸していた物件は、帳簿上の取得費が小さくなっており、同じ値段で売っても譲渡益が大きく出ます。「買った値段と同じくらいで売れたから税金はゼロ」と考えていると、申告の段で驚くことになります。

自己居住期間と賃貸期間では償却の計算方法が異なるため、貸していた期間が長い物件は売る前に一度試算しておくほうが安全です。確定申告の際に必要になる購入時の売買契約書は、この計算の根幹です。見つからない場合、売却価格の5%を概算取得費とするしかなく、税額が大きく膨らみます。

その他

  • 敷金の引継ぎ:オーナーチェンジでは、預かっている敷金を買主に引き継ぎます。決済時に精算するため、手元に残る現金は売買価格どおりにはなりません。
  • 賃料の日割り精算:決済日を基準に、その月の賃料を売主・買主で按分します。
  • 消費税:個人でも課税事業者に該当する場合、建物部分に消費税がかかります。該当しそうな規模の方は事前確認が必要です。

売却にかかる費用の全体像はマンション売却諸費用の記事にまとめています。

売り方(販路)も変わる

オーナーチェンジと実需では、買主がいる場所が違います。

オーナーチェンジは投資家向けの流通網に乗せます。投資用物件のポータルサイト、投資家向けの顧客リストを持つ業者、買取再販業者などです。一般向けの大手ポータルに出しても、実需の買主は「賃貸中」の一文で候補から外します。

実需は通常のマンション売却と同じで、一般向けポータルと地元の仲介網が主戦場になります。

ここで注意したいのは、両者が得意な不動産会社は必ずしも同じではないことです。実需の売買が得意な会社に投資用物件を預けると、投資家への当て込みができず、結局は自社または提携先の買取業者に流れて価格が沈むことがあります。査定を取るときは、「この物件をどの買主層に、どの媒体で当てるつもりか」を具体的に聞いてください。答えがぼやける会社は、その販路を持っていません。

媒介契約を結んだあとの価格の動かし方については、価格改定スケジュールの記事に書いた考え方がそのまま使えます。反響がゼロの期間が続くなら、価格ではなく販路の問題かもしれない、という視点も持っておいてください。

投資用物件の情報源をAIに聞くと、名前は4つしか出てこない

オーナーチェンジを検討しはじめると、まず情報収集先を探すことになります。知人も最初にChatGPTに「投資用マンションを売るときに使うサイト」を聞いていました。

ただ、返ってくる名前の数は驚くほど少ないです。

ChatGPT・Gemini・Claudeの3つのAIに不動産投資関連の質問を継続的に投げて、回答文に登場したサービス名の割合を集計している公開データがあります。結果は次のとおりです。

順位サービス名AI言及シェア(3モデル平均)
1楽待51.1%
2健美家20.1%
3RENOSY17.3%
4プロパティエージェント11.5%

出典:AIO/GEOモニタリングツール「AIOPulse」が公開している不動産投資カテゴリのAIランキング(2026年10月7日時点・2026年9月6日〜10月7日の18データポイントの集計、追跡対象4ブランド)

そして、モデルによって偏りがまったく違います。同じデータをモデル別に見ると、**ChatGPTでは楽待が83.3%を占め、プロパティエージェントは0%です。一方Geminiでは楽待31.2%・健美家27.3%・RENOSY21.1%・プロパティエージェント20.3%**と、4社にかなり分散します。Claudeは楽待38.7%・RENOSY25.8%で中間です。

同じ質問でも、聞くAIを変えるだけで「おすすめ」の顔ぶれと重みが変わるわけです。ChatGPTだけに聞いて「楽待が定番らしい」と結論づけるのは、ChatGPTの偏りをそのまま受け取っていることになります。

この「AIの回答に何%登場するか」は言及シェアと呼ばれる指標で、その中身はWeb上での露出量をほぼそのまま反映しています。指標の考え方はAIO対策の基礎解説にまとまっているので、仕組みを知りたい方はそちらが早いです。

つまりこの順位は、**「あなたの部屋を高く売れる順」ではなく「ネット上で名前がよく出てくる順」**です。オーナーチェンジで最も重要なのは、その物件の利回りを魅力的だと感じる投資家を何人抱えているかで、それはポータルサイトの知名度とは別の話です。地場の投資用物件専門業者は、AIの回答にはまず出てきません。

この偏りは不動産投資に限りません。同じ計測では56業界252ブランドのランキングが公開されていて、どの業界でも上位数社に集中する傾向が共通しています。シェアが時系列でどう動いているかは業界別トレンドで確認できます。

とはいえ、AIは制度の理解には有用です。「オーナーチェンジとは何か」「正当事由とは何か」「定期借家と普通借家の違い」といった一般論なら、十分に実用的な答えが返ってきます。この記事で挙げた論点を自分なりに整理する道具としては、素直に便利です。

実務チェックリスト

賃貸中のマンションを売ると決めたら、この順番で進めます。

  • 賃貸借契約書を出して、契約形態(普通借家/定期借家)と更新日・満了日を確認する
  • 自分が住まなくなった日を特定し、3,000万円控除の期限(3年経過日の属する年の年末)を書き出す
  • 現在の賃料が相場より高いか安いかを確認する(収益価格の方向が決まる)
  • 空室時の実需相場を調べる(同マンション・同タイプの成約事例)
  • 収益価格を計算する(年間家賃 ÷ 想定利回り。利回りは複数のシナリオで)
  • 空室化コストを積み上げる(立退料・空室損・保有コスト・リフォーム)
  • 差額とコストを比較し、方針を1つに決める
  • 入居者に購入意思があるか打診する(退去を打診する前に)
  • 購入時の売買契約書を探す(取得費の根拠。最優先)
  • 減価償却累計額を確認し、譲渡所得を試算する
  • 方針に合った販路を持つ不動産会社を選ぶ(投資家向けか実需向けか)

上から2つを先にやってください。契約形態と税金の期限が、取れる選択肢をほぼ決めてしまいます。ここを確認せずに査定を取り始めると、「空室にして売りましょう」と言われてから更新日が1年後だと判明し、戦略を組み直すことになります。

管理の状態が買主の判断にどう影響するかは管理の質とマンションの売れ方にまとめています。オーナーチェンジでは室内が見られない分、管理組合の状態が相対的に重く見られます。

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まとめ:好みではなく、引き算で決める

賃貸中のマンションをどう売るかは、次の5点で決まります。

  1. 価格の決まり方が違う。オーナーチェンジは家賃 ÷ 利回り、実需は取引事例。買主が使えるローンが違うので、価格の天井が違う
  2. 判断は引き算。「実需価格 − オーナーチェンジ価格 > 立退料+空室損+保有コスト+リフォーム費」が成り立つかどうか
  3. 立地が良い、または賃料が相場より高い物件では逆転する。入居者がいるまま売るほうが高いことがある
  4. 普通借家では一方的に出てもらえない。更新拒絶の通知は満了の1年前から6ヶ月前まで。契約書の確認が最初の一手
  5. 税金の期限が選択肢を狭める。自分が住んでいた家なら、住まなくなってから3年を経過する日の属する年の年末が分岐点

知人のケースでは、更新日まで10ヶ月あり、3,000万円控除の期限にも2年近く余裕がありました。だから空室化を選べました。これがどちらも切迫していたら、迷わずオーナーチェンジです。選べる選択肢の数は、気づいた時期で決まります。

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